トランジション・ファイナンスとは?企業が行うメリットや課題を解説
トランジション・ファイナンスは、脱炭素社会や持続可能な経済への移行をサポートする新しい資金供給手法です。
しかしトランジション・ファイナンスは普及し始めたばかりの制度であり「そもそもトランジション・ファイナンスとは何か」「グリーン・ファイナンスとの違いは?」と疑問を抱く方も多いのではないでしょうか。
そこで今回はトランジション・ファイナンスの概要やメリット、課題などについて解説します。
目次
トランジション・ファイナンスの概要とグリーン・ファイナンスとの違い
トランジション・ファイナンスとは、CO2排出量が多い産業が2050年カーボンニュートラル、脱炭素社会の実現に向けた取り組みを推進するために、2020年ごろから国内外でルール作りが行われている資金供給方法です。
以下ではトランジション・ファイナンスの概要とグリーン・ファイナンスとの違いについて解説します。
トランジション・ファイナンスとは、新しいファイナンス手法
トランジション・ファイナンスは、CO2などの温室効果ガス(GHG)排出量が高い産業が段階的に低炭素化、脱炭素化を進めるための取り組みに資金供給する新しい金融手法です。
経済産業省は、2021年から基本方針の策定などによりトランジション・ファイナンスを積極的に推進しています。
日本の主要な産業には、トランジション・ファイナンスを必要とする温室効果ガス(GHG)排出量が高い産業が多くあります。
現時点でGHGを多く排出している産業や排出削減困難な分野に対しても、長期的な戦略に基づき、段階的に低炭素化を実現し、最終的に脱炭素化を目指せるように「移行(トランジション)」を促すことが大切です。
つまり、現時点では脱炭素を実現していなくても、脱炭素を目指した移行段階の取り組みに対して資金供給する手法が「トランジション・ファイナンス」と呼ばれます。
なお、トランジション・ファイナンスの具体的な方法としては、企業が金融機関等から融資を借り入れる「トランジション・ローン」と企業が債権を発行する「トランジション・ボンド」があります。
トランジション(移行)概念図
トランジション・ファイナンスとグリーン・ファイナンスの違い
グリーン・ファイナンスは、再生可能エネルギー分野やグリーンビルディングなど確実な脱炭素達成が見込まれる事業(グリーン事業)に対して行われる資金提供手法です。
対してトランジション・ファイナンスは、将来「グリーン事業」となることを目指して、段階的に低炭素への転換を図ろうとしている企業や取り組みに対して行われます。
脱炭素社会実現のためには、グリーン事業に使途を特定しているグリーン・ファイナンスのみでは、発行地域や資金使途に偏りが発生してしまう可能性が否めません。
あらゆる産業や地域の実情に合わせて脱炭素社会を実現するためにも、トランジション・ファイナンスやグリーン・ファイナンスなどさまざまな手段で、脱炭素化や低炭素化の事業を支援していくことが求められます。
トランジション・ファイナンスを企業が行うメリットと課題
トランジション・ファイナンスは日本国内では2021年に経済産業省を中心に「クライメート・トランジション・ファイナンスに関する基本方針」が策定されたことから急速に広まりをみせた金融手法です。
以下では国内企業がトランジション・ファイナンスを行うメリットと課題について解説します。
トランジション・ファイナンスを企業が行うメリット
世界中で脱炭素社会の実現に向けた動きが加速するなか、ESG投資やグリーン・ファイナンスへの注目も高まってきています。
CO2などのGHG多排出産業においても、資金調達の際に低炭素化や省エネに向けた取り組みが求められつつある状況です。
企業がトランジション・ファイナンスに求められる基準に沿ってトランジション戦略を構築したり、情報開示したり、ガバナンスを整えたりしていくことができれば、サステナビリティ経営の高度化につながります。
サステナビリティ経営への注力は、ESG投資等に興味を持つ新たな資金供給者の興味を引き、財政基盤の充実につながるでしょう。
また、脱炭素化や低炭素化の取り組みは、環境に配慮した企業であるとアピールできるため、社会的評価の向上も期待できます。
自社が環境問題に率先して取り組めば、社員のモチベーションや人材獲得力の向上にもつながるでしょう。
トランジション・ファイナンスを通じて、企業は脱炭素化を促進しつつ、新たな資金調達者と関係を築き、着実にトランジション戦略を実行することは、企業の経済基盤や長期的経営にとってメリットになると言えるのです。
トランジション・ファイナンスの課題はグリーン・ウォッシュなど
一方で、新しい金融手法であるトランジション・ファイナンスの課題として、以下の2点が挙げられます。
1つ目は、ファイナンスド・エミッション増加への対応です。
ファイナンスド・エミッションとは、金融機関等の資金供給者が資金提供した企業やプロジェクトのGHG排出量のことを指します。
金融機関の投資を評価する基準として、ファイナンスド・エミッションは低いほど良いとされますが、トランジション・ファイナンスの場合、多くの資金調達者は投融資時点では脱炭素を実現できていません。
トランジション・ファイナンスに投資すればするほど、ファイナンスド・エミッションの量は増え、環境配慮をしていないと見なされる恐れが高まってしまうのです。
この課題を解決するために、現在国際的な算定ルールや投融資を評価する枠組みの再検討が求められています。
2つ目は、グリーン・ウォッシュ(見せかけの環境配慮)への懸念です。
トランジション・ファイナンスは化石燃料利用企業への投融資を含むため、科学的根拠のあるトランジション戦略が策定されていないと、グリーンウォッシュと見なされる可能性があります。
企業側は情報開示や外部評価などを積極的に活用して、信頼を確保する必要があります。
トランジション・ファイナンスの累計国内調達額は約1兆円
トランジション・ファイナンスは、ここ数年で急速に調達額を拡大しています。
2021年1月から2023年3月までの累計国内調達額は10,000億円に達しました。
以下では国内企業と日本政府のトランジション・ファイナンス発行事例を紹介します。
脱炭素等の環境関連投資による資金調達額の推移
国内企業のトランジション・ファイナンス発行事例
2021年から国内で発行が始まったトランジション・ファイナンスは、経済産業省が策定した基本方針やロードマップに沿って、発行事例を積み重ねているところです。
経済産業省では2021年度に第三者委員会(モデル性審査委員会)を開き、トランジション・ファイナンスのモデル事例を選定しました。
モデル事例として選定されたのは海運、航空、化学、ガス、発電、重工業、石油産業事業を展開する12の企業です。
以下ではそのうち2企業の事例を紹介します。
- 日本郵船株式会社:世界最大手の海運会社として国際的に海運事業を展開している日本郵船は、2021年にトランジション・ボンドを発行しました。
資金使途の候補としてLNG燃料船、グリーンターミナル設立、アンモニア燃料船などを挙げています。
年限と利率が異なるボンドを合計200億円分発行したところ、10倍以上の投資家需要がありました。 - 東京ガス株式会社:国内最大手のガス会社として、2022年に200億円分のトランジション・ボンドを発行しました。
主な資金使途は天然ガスによる低炭素化事業やガス・電力の脱炭素化で、エネファームや燃料電池、水素利用などが主なプロジェクトに挙げられています。
経済産業省のガス分野ロードマップとも整合しているトランジション戦略や定量的な目標設定が評価されました。
日本政府発行のクライメート・トランジション・ボンドと補助事業
日本政府はトランジションを目的とした「クライメート・トランジション利付国債」を2023年に発行しました。
これは世界初の政府によるトランジション・ボンドで、国際標準への準拠について評価機関からの認証も取得しています。
日本政府がトランジション・ボンドを発行することで、資金調達だけでなくトランジション・ファイナンスに対する国際的な理解を促進することも目指しています。
2024年にも第2回「クライメート・トランジション利付国債」が発行される予定です。
また経済産業省はトランジション・ファイナンスを普及させるため、補助金事業を2021年から継続して行っています。
これは、トランジション・ファイナンス発行に求められる評価機関からの認証にかかる費用に補助を出すという事業です。
そのほか、トランジション推進のための金融支援制度(成果連動型の利子補給制度)なども実施しています。
トランジション・ファイナンスの信頼性向上と拡大に向けて
本記事ではトランジション・ファイナンスの概要とメリット、課題、発行事例などを紹介しました。
2050年カーボンニュートラル、脱炭素社会実現のためにはグリーン事業への投資拡大だけでなく、現在CO2などのGHG多排出産業が低炭素化へと移行するための事業への資金供給も不可欠です。
トランジション・ファイナンスが適切に評価されるためにも、資金調達者である企業は、科学的根拠があるトランジション戦略の策定や情報開示に努める必要があります。
また、金融機関などの資金供給者には、単に資金を供給するだけでなく、対話を通じて資金調達者のトランジションを支援し、ともに脱炭素社会の実現を目指す姿勢が求められています。
日本のトランジション・ファイナンスは国際標準に則った事例を積み重ねることで、脱炭素社会に向けた新しい金融手法としての地位を確立しつつあるところです。
国際的な信頼性を向上させ流入資金の増加を図るとともに、大企業や特定の産業だけにとどまらないよう、発行主体の拡大が求められています。
参考記事
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トランジション・ファイナンスとは?企業が行うメリットや課題を解説
トランジション・ファイナンスは、脱炭素社会や持続可能な経済への移行をサポートする新しい資金供給手法です。
しかしトランジション・ファイナンスは普及し始めたばかりの制度であり「そもそもトランジション・ファイナンスとは何か」「グリーン・ファイナンスとの違いは?」と疑問を抱く方も多いのではないでしょうか。
そこで今回はトランジション・ファイナンスの概要やメリット、課題などについて解説します。
目次
トランジション・ファイナンスの概要とグリーン・ファイナンスとの違い
トランジション・ファイナンスとは、CO2排出量が多い産業が2050年カーボンニュートラル、脱炭素社会の実現に向けた取り組みを推進するために、2020年ごろから国内外でルール作りが行われている資金供給方法です。
以下ではトランジション・ファイナンスの概要とグリーン・ファイナンスとの違いについて解説します。
トランジション・ファイナンスとは、新しいファイナンス手法
トランジション・ファイナンスは、CO2などの温室効果ガス(GHG)排出量が高い産業が段階的に低炭素化、脱炭素化を進めるための取り組みに資金供給する新しい金融手法です。
経済産業省は、2021年から基本方針の策定などによりトランジション・ファイナンスを積極的に推進しています。
日本の主要な産業には、トランジション・ファイナンスを必要とする温室効果ガス(GHG)排出量が高い産業が多くあります。
現時点でGHGを多く排出している産業や排出削減困難な分野に対しても、長期的な戦略に基づき、段階的に低炭素化を実現し、最終的に脱炭素化を目指せるように「移行(トランジション)」を促すことが大切です。
つまり、現時点では脱炭素を実現していなくても、脱炭素を目指した移行段階の取り組みに対して資金供給する手法が「トランジション・ファイナンス」と呼ばれます。
なお、トランジション・ファイナンスの具体的な方法としては、企業が金融機関等から融資を借り入れる「トランジション・ローン」と企業が債権を発行する「トランジション・ボンド」があります。
トランジション(移行)概念図
トランジション・ファイナンスとグリーン・ファイナンスの違い
グリーン・ファイナンスは、再生可能エネルギー分野やグリーンビルディングなど確実な脱炭素達成が見込まれる事業(グリーン事業)に対して行われる資金提供手法です。
対してトランジション・ファイナンスは、将来「グリーン事業」となることを目指して、段階的に低炭素への転換を図ろうとしている企業や取り組みに対して行われます。
脱炭素社会実現のためには、グリーン事業に使途を特定しているグリーン・ファイナンスのみでは、発行地域や資金使途に偏りが発生してしまう可能性が否めません。
あらゆる産業や地域の実情に合わせて脱炭素社会を実現するためにも、トランジション・ファイナンスやグリーン・ファイナンスなどさまざまな手段で、脱炭素化や低炭素化の事業を支援していくことが求められます。
トランジション・ファイナンスを企業が行うメリットと課題
トランジション・ファイナンスは日本国内では2021年に経済産業省を中心に「クライメート・トランジション・ファイナンスに関する基本方針」が策定されたことから急速に広まりをみせた金融手法です。
以下では国内企業がトランジション・ファイナンスを行うメリットと課題について解説します。
トランジション・ファイナンスを企業が行うメリット
世界中で脱炭素社会の実現に向けた動きが加速するなか、ESG投資やグリーン・ファイナンスへの注目も高まってきています。
CO2などのGHG多排出産業においても、資金調達の際に低炭素化や省エネに向けた取り組みが求められつつある状況です。
企業がトランジション・ファイナンスに求められる基準に沿ってトランジション戦略を構築したり、情報開示したり、ガバナンスを整えたりしていくことができれば、サステナビリティ経営の高度化につながります。
サステナビリティ経営への注力は、ESG投資等に興味を持つ新たな資金供給者の興味を引き、財政基盤の充実につながるでしょう。
また、脱炭素化や低炭素化の取り組みは、環境に配慮した企業であるとアピールできるため、社会的評価の向上も期待できます。
自社が環境問題に率先して取り組めば、社員のモチベーションや人材獲得力の向上にもつながるでしょう。
トランジション・ファイナンスを通じて、企業は脱炭素化を促進しつつ、新たな資金調達者と関係を築き、着実にトランジション戦略を実行することは、企業の経済基盤や長期的経営にとってメリットになると言えるのです。
トランジション・ファイナンスの課題はグリーン・ウォッシュなど
一方で、新しい金融手法であるトランジション・ファイナンスの課題として、以下の2点が挙げられます。
1つ目は、ファイナンスド・エミッション増加への対応です。
ファイナンスド・エミッションとは、金融機関等の資金供給者が資金提供した企業やプロジェクトのGHG排出量のことを指します。
金融機関の投資を評価する基準として、ファイナンスド・エミッションは低いほど良いとされますが、トランジション・ファイナンスの場合、多くの資金調達者は投融資時点では脱炭素を実現できていません。
トランジション・ファイナンスに投資すればするほど、ファイナンスド・エミッションの量は増え、環境配慮をしていないと見なされる恐れが高まってしまうのです。
この課題を解決するために、現在国際的な算定ルールや投融資を評価する枠組みの再検討が求められています。
2つ目は、グリーン・ウォッシュ(見せかけの環境配慮)への懸念です。
トランジション・ファイナンスは化石燃料利用企業への投融資を含むため、科学的根拠のあるトランジション戦略が策定されていないと、グリーンウォッシュと見なされる可能性があります。
企業側は情報開示や外部評価などを積極的に活用して、信頼を確保する必要があります。
トランジション・ファイナンスの累計国内調達額は約1兆円
トランジション・ファイナンスは、ここ数年で急速に調達額を拡大しています。
2021年1月から2023年3月までの累計国内調達額は10,000億円に達しました。
以下では国内企業と日本政府のトランジション・ファイナンス発行事例を紹介します。
脱炭素等の環境関連投資による資金調達額の推移
国内企業のトランジション・ファイナンス発行事例
2021年から国内で発行が始まったトランジション・ファイナンスは、経済産業省が策定した基本方針やロードマップに沿って、発行事例を積み重ねているところです。
経済産業省では2021年度に第三者委員会(モデル性審査委員会)を開き、トランジション・ファイナンスのモデル事例を選定しました。
モデル事例として選定されたのは海運、航空、化学、ガス、発電、重工業、石油産業事業を展開する12の企業です。
以下ではそのうち2企業の事例を紹介します。
- 日本郵船株式会社:世界最大手の海運会社として国際的に海運事業を展開している日本郵船は、2021年にトランジション・ボンドを発行しました。
資金使途の候補としてLNG燃料船、グリーンターミナル設立、アンモニア燃料船などを挙げています。
年限と利率が異なるボンドを合計200億円分発行したところ、10倍以上の投資家需要がありました。 - 東京ガス株式会社:国内最大手のガス会社として、2022年に200億円分のトランジション・ボンドを発行しました。
主な資金使途は天然ガスによる低炭素化事業やガス・電力の脱炭素化で、エネファームや燃料電池、水素利用などが主なプロジェクトに挙げられています。
経済産業省のガス分野ロードマップとも整合しているトランジション戦略や定量的な目標設定が評価されました。
日本政府発行のクライメート・トランジション・ボンドと補助事業
日本政府はトランジションを目的とした「クライメート・トランジション利付国債」を2023年に発行しました。
これは世界初の政府によるトランジション・ボンドで、国際標準への準拠について評価機関からの認証も取得しています。
日本政府がトランジション・ボンドを発行することで、資金調達だけでなくトランジション・ファイナンスに対する国際的な理解を促進することも目指しています。
2024年にも第2回「クライメート・トランジション利付国債」が発行される予定です。
また経済産業省はトランジション・ファイナンスを普及させるため、補助金事業を2021年から継続して行っています。
これは、トランジション・ファイナンス発行に求められる評価機関からの認証にかかる費用に補助を出すという事業です。
そのほか、トランジション推進のための金融支援制度(成果連動型の利子補給制度)なども実施しています。
トランジション・ファイナンスの信頼性向上と拡大に向けて
本記事ではトランジション・ファイナンスの概要とメリット、課題、発行事例などを紹介しました。
2050年カーボンニュートラル、脱炭素社会実現のためにはグリーン事業への投資拡大だけでなく、現在CO2などのGHG多排出産業が低炭素化へと移行するための事業への資金供給も不可欠です。
トランジション・ファイナンスが適切に評価されるためにも、資金調達者である企業は、科学的根拠があるトランジション戦略の策定や情報開示に努める必要があります。
また、金融機関などの資金供給者には、単に資金を供給するだけでなく、対話を通じて資金調達者のトランジションを支援し、ともに脱炭素社会の実現を目指す姿勢が求められています。
日本のトランジション・ファイナンスは国際標準に則った事例を積み重ねることで、脱炭素社会に向けた新しい金融手法としての地位を確立しつつあるところです。
国際的な信頼性を向上させ流入資金の増加を図るとともに、大企業や特定の産業だけにとどまらないよう、発行主体の拡大が求められています。
参考記事